津久井やまゆり園での殺傷事件に関する公判がはじまりました(お知らせ)

今日は、2016年7月に発生した津久井やまゆり園での殺傷事件に関する公判がはじまりました、というお知らせです。
事件についてはご存知と思いますので詳細は省きますが、我が国における最悪の殺傷事件に関する初公判ということで、多くのマスコミが取り上げています。
公判そのものは、被告が起訴内容を認めて謝罪の言葉を口にした後、両手の指を口に入れようとするなど暴れたために休廷、再開後は被告不在のまま審理が進むという異例の展開となりました。

公判の様子はいろいろな媒体で詳報していますので、被害者のご家族が残したコメントを取り上げた報道などを中心にご紹介いたします。
当然ながら重い量刑を望む声がある一方で、被告の心がほどけることを望む声もあり、否応なく事件と近いところへ立たされた家族の立場でも、ざまざまな思いがあることが分かります。

植松被告、起訴内容認める 謝罪も、突然暴れ休廷
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020010800148&g=soc

「最高の量刑望む」 被害者家族が会見
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020010801180&g=soc

「彼も人の子 心がほどけるかもしれない」 植松被告にやまゆり園の遺族の思いは届くのか
https://dot.asahi.com/aera/2020010800090.html

他方、今回の事件では報道における匿名性の課題も大きく取り上げられました。
障害のある人に限らず、大きな事件が発生するたびに、なぜか被害者側がメディアからの取材攻勢を受ける(しかも、あくまでニュースバリューがある期間に限られ、被害者や家族が事件を受け止めて大切なことを発信したい時には取り上げられない)という構造的な課題があることを考えると、今回の事件に限らず実名報道には思うところがありますが、初公判にあわせて、この問題についても取り上げられています。

娘は「甲」でなく「美帆」 初公判を前に遺族が手記
https://www.kanaloco.jp/article/entry-237221.html

被害者の”匿名報道”の裏に、マスコミが助長した障害者差別の歴史
https://www.excite.co.jp/news/article/Cyzo_227799/

実名原則、その都度議論 毎日新聞の立場【有料記事】
https://mainichi.jp/articles/20190827/k00/00m/040/208000c

障害者殺傷事件、なぜ犠牲者は匿名なのか
https://toyokeizai.net/articles/-/137282

施設の運営に関しては、指定管理者を変更するという県知事の意向表明もありました。こちらについても、様々な意見があり、今後の動向を注視する必要があります。

やまゆり園、指定管理者再公募へ 黒岩知事方針
https://www.kanaloco.jp/article/entry-213274.html

津久井やまゆり園の指定管理期間短縮に関する黒岩知事発言の問題点
https://note.com/teamaoi2003/n/n106fe584f476

最後に、以前にも紹介しましたが、この間の動きを丁寧に記録してくださっている、NHKのサイトをご紹介いたします。

19のいのち
https://www.nhk.or.jp/d-navi/19inochi/

それぞれの立場や考え方は異なるとしても、事件のことを忘れることなく、考え続けることについては共有できるのではないかと思います。忘れていませんよ、ということも1つのメッセージです。

では、今回はこれくらいに。

  • Twitter
  • Facebook