轟課長
英社員

英太郎のひとりごと episode11 Part-3

ペンの進みが遅くなった理由とASD特性の関係の考察-2

 part-1もpart-2も、軌道高度408㎞を秒速7.66㎞で移動する国際宇宙ステーション(1SS)のように、自ら言い出した解明すべき問題に触れることができず、ぐるぐるまわりを回って外から観察するばかりでした。
 あれっ?こんな表現をするとJAXAに怒られそうですね、本丸を攻め落とすために外堀を埋めていたと、前言を撤回して訂正します。
 
 解明しなければならない問題とは「ペンの進みが遅くなった理由とASDのシングルフォーカス」の関係です。ペンの進みが遅くなるきっかけとなったのは、私が轟さんにエッセイの中間報告をしたときの轟さんの反応でした。
 私が書いた「爾後、陸続するであろう私の理解に基づく“くだくだしい”ASDの障がい特性の説明にも、お読みいただく方は飽かず継続して耳を傾けていただけるであろう」について、轟さんは「いつの時代の文章だよ」と苦笑い気味に言葉にしました。もう一つは「読者の読みたいものを書く、所謂(いわゆる)、売文だ」でした。
 

<「いつの時代の文章だ」に関する考察>

 「いつの時代の文章だよ」については、私は反発も怒りも全く起きませんでした。私の頭の中には「為て遣ったり(してやったり)、うまく事が運んだ」とほくそ笑む、もう一人の自分がいたような気がしています。
 表現を変えれば「しめしめ、こちらの思うつぼだ」でした。言葉の響きから、読者諸賢は私が何やら悪事を企んでいたように受け止めるかもしれませんね。
 しかし、私の頭の中には悪事を企むなんて意識は微塵もありません。その理由を説明します。
 
 自閉症スペクトラムやASDを説明する本やサイトには、自閉症スペクトラムやASDの子どもは、意味が分かっていなくても難しい言葉や難しい漢字を使った言葉を多用すると書かれていることが多いです。
 私の場合、態々自分の子ども時代を振り返らなくとも、記憶している範囲では難しい漢字を使う言葉を好んで使っていますし、現在も同じです。
 このエッセイでもときどき使っています。Episode10のpart-1「広く人口に膾炙する」などが代表例でしょう。
 同じように、ふつうは「信楽焼の狸」と書くところを「紫香楽焼の狸」とマンガの中で表しています。
 私にとっての信楽とは、聖武天皇が遷都造営した紫香楽宮(しがらきのみや)が第一であり、どうしても紫香楽を譲ることができなかったことが理由です。
 
 
 成人し社会人となった今でも、回りくどく形容詞や副詞やオノマトペで表現するよりも、熟語や四字熟語でスパッと切り口鮮やかに一言で表現した方が気持ち良いと普段から口にしています。まあ、轟さんは渋い顔をしていますが‥‥。
 振り返れば、親からも小難しい言葉や理屈を振りかざして面倒くさい子どもだったと言われていましたね。

轟タヌキ顔
 
 私にとっては、熟語をつかった少し古い言い回しや表現は、なんともすっきりと気持よいのです。なぜすっきりと気持ちがよいのでしょうか。思いつく理由は、熟語や四字熟語の持つ言葉の歴史ではないかと感じています。

 熟語や四字熟語には、遣隋使や遣唐使によってもたらされたものも多く含まれているでしょう。そうすると、少なくとも千年は日本で使われている言葉です。
このような歴史ある言葉ですから、半可通を気取る人でない限り、まず意味を取り違えることはないでしょう。
 形容詞や副詞やオノマトペでふわっと表現されるよりは、正しい意味や話し手の意図がはっきり相手に伝わると私は考えます。

 「あの人は、愛想はいいし口も達者で‥」と言葉を濁すより、「巧言令色」の一言の方が切れ味は鮮やかで、聞くひとにより解釈の幅が広がり誤解されることも少ないと思います。
 おそらく、ASDのなんにでも定義付けをして曖昧さを排除する気質———特性などと大げさに表現したくはありません———が、このよう感覚を招いているのだと考えています。
 
 今書いてきたようなASDの気質がありますから、爾後、陸続する~に対する「いつの時代の文章だ」との轟さんの反応には、「しめしめ、こちらの思うつぼだ」とほくそ笑みました。こちらの意趣が通じたと腹の中では感じましたから、ほくそ笑むというより会心笑みだったかもしれません。
 
 熟語を使った古い言い回しが何ともすっきり気持ちよいとは、次のような感覚です。うまい言い回しができたと感じたときは、例えばジグゾーパズルがピタッとはまるや、将棋でピシっと小気味よい音を立てての王手!、あるいは鯉口を切るや否や紫電一閃、悪党をなぎ倒す、というような小気味よさです。

 こんな気分で作った文に対する「いつの時代の文章だ」は、私にとっては正に、為て遣ったり、誉め言葉にしか聞こえなかったのです。
誉め言葉にしか聞こえなかったのですから、ペンの進みが遅くなろうはずはありません。どちらかと言えばASDをASDたらしめる小難しい表現が通じたと喜んでいたのです。ペンの進みが遅滞するはずはないですね。
 では、ペンの進みが遅くなった理由は那辺にあるのか、考察を続けます。
 
 

<「所謂、売文だ」に関する考察>

 このエッセイを書き始めたきっかけは、episode-1に書いたように、轟さんに上手く丸め込まれたことでした。書き進むうちに自分でも面白くなりました。
 お茶を濁したりいい加減なことは書いてはいけないと自分を戒めて、いろいろ書物にあたったり、自分の考えや言動を振り返り原因を分析したり、それを文章にまとめる作業は非常に愉快でした。
 
 ときにはASDの特性が発動され、関連があると思う資料をどんどん集めてしまい方向を見失い、資料の海におぼれそうになることもありました。
 そんなこんなで書き進めていたこのエッセイについて、今まで轟さんは何ら注文らしい注文を付けることはありませんでした。せいぜいが、以前書いた「長い、読者のことを考えろ」でした。
 episode-10では、「論文みたいだなあ、読むのに少し覚悟が要る」と、初めて轟さんはそれとなく感想らしい言葉を口にしていたと私は記憶しています。
 
 悪いことにASDは徹頭徹尾、報連相が苦手、否、報連相が出来ません。できない理由は何れ項を改めて書きます。轟さんも私が報連相をできないことは理解しているのか、私に敢えて報連相を求めません。結果、全く私は気随気ままにこのエッセイを書き進め、自由に想像の翼を広げて楽しんでいました。
 
 想像の翼を広げ、羽ばたくこともなく上昇気流に乗ってはるか下に広がる地表世界を眺めながら、誰にも縛られることなくどこまでも自由に飛び続ける、こんな気分で愉快々々と書き続けていたのです。
 
 part-2で『ASDは、ひと言でいうと「融通が利かなくて困る」タイプです。対人関係で臨機応変な対応をとることが苦手で、自分の関心、やり方、ペースの維持を最優先させたいという本能的志向が強いと言う特性があります。』との本田先生のASDの特性の解説を引用しました。
 私は、気随気ままに書き進めているうちに、誰にも縛られることもなく、このままどこまでも自由に飛び続けることができると勝手に思い込み、それがいつの間にか本田先生のおっしゃる自分の関心、やり方、ペースになっていたのです。
 
 本田先生は、ASDは対人関係で臨機応変な対応をとることが苦手とおっしゃっています。
 私の場合は対人関係だけではなく仕事の進め方———エッセイの書き進め方———が自分の関心、やり方、ペースになっていたのです。上にも書いたように、資料の海におぼれそうになることまでをも楽しむように、愉快々々と書き進めていました。

 読者諸賢はそろそろお気づきでしょう。私はこのままずっと気随気ままに想像の翼を広げ愉快に書き進められるだろうという、現在から未来に続く仕事の進め方にシングルフォーカスしてしまっていたのです。臨機応変な対応もへったくれもありません、単にシングルフォーカスしているだけではなく、それを愉快々々と楽しんでいたのです。

 マンガでは、ある意味陳腐で滑稽でふつうの人にも分かりやすいシングルフォーカスの例として、轟さんのタヌキ焼けの追及を取り上げました。
しかし、ASDのシングルフォーカスの対象となるのは、タヌキ焼けのように、目についたもの、気になるものだけではありません。
 
 今回の私のように仕事の進め方にシングルフォーカスしてしまうと———おそらく私のASD特性に寸分の狂いなくはまってしまった、愉快々々とエッセイと書き進める作業———周りのものは目に入らなくなります。
 
 米田先生はシングルフォーカスを、注意、興味、関心を向けられる対象が一度に一つと限られていることだと説明していらっしゃいます。
私のシングルフォーカス、米田先生のおっしゃる一つに限られる注意、興味、関心を向けられる対象は、「仕事の進め方、当に(まさに)エッセイの書き進め方」だったのです。

 「だったのです」と過去形で書くには理由があります。理由は非常に単純です。シングルフォーカス特性を発動しているとき、発動している本人は「あっ?今、シングルフォーカスが発動しているな。」とは気が付きません。
 愉快々々と書き進めたと書いたように、わが行動を振り返りいろいろ思索生地の末にやっとこさ「あの時はシングルフォーカスしていたんだ」と気が付いたから過去形になったのです。
 ※思索生地(しさくせいち):道筋を立ててじっくりと追いながら考えると、よい知恵が生まれるということ。

 私は、シングルフォーカスが発動して、愉快々々と時には過集中になるほどエッセイに取り組んでいました。
何しろ自分の関心、やり方、ペースの維持を最優先させたい本能的志向にシングルフォーカスが加わっている状態ですから、例えば「火事だー!」なんて怒鳴り声が聞こえても、「うるさいなあ、じゃまするな」くらいにしか取り合いません。

 今思えば仕事の進め方の指示であったであろう轟さんの言葉も、シングルフォーカス状態の私にとっては、「それとなく感想らしい言葉を口にした」とか、「おそらく深い意味もなくポッとつぶやいた」かのように受け止めてしまったのも自明の理ですね。
 
 このように、愉快々々と時には過集中になるほどエッセイに取り組んで、自分では気づかないシングルフォーカスが発動している状態とは、ASDや自閉症の人が、それぞれ個別に持っている自閉世界に浸っている状態ではないのかと私は思い始めています。

 自閉世界について説明します。自閉世界とは私が個人的に使っているだけで、専門用語でも何でもありません。
 私は自閉世界のことを、知的な障がいがあろうがなかろうが、ASDや自閉症の人がそれぞれ個別に持っている、その人にとって身体的にも精神的にも一番心地よく安心できる精神世界と定義しています。
 
 「自閉症は英語では、autismです。ギリシャ語のautos-(自己)と-ismos(状態)を組み合わせて作られており、現実生活から退却して、自己中心の空想的な精神生活が優越する精神状態をイメージしたものと考えられる」とepisode-4で本田先生の説明を引用しました。詳しくはepisode-4を参照してください。
 私のいう自閉世界とは、本田先生の説明する「現実生活から退却して、自己中心の空想的な精神生活が優越する精神状態をイメージしたもの」を、私なりにわかりやすい言葉に置き換えたものです。
 
 自閉世界には、いやな光も音も、自分を攻撃すると感じる周りの声も届きません。非常に心地よい世界です。しかし、いくら心地よいからと言って自閉世界に籠ってばかりいては生活ができません。いくら心地がよくてもお腹はすきますし、たまには外のようすをうかがわないと、自分がどこにいるのかわからなくなり、かえって不安になります。

 私にとっての外のようすをうかがう代表的な機会は、轟さんとの定期的な面談です。意識と体を自閉世界においたままでひょいと顔だけを出す、或いは潜水艦から潜望鏡を出して周りを見る感覚です。
 自分の本体は自閉世界に置いたままですから安心しきっています。
ひょいと顔を出す、或いは潜望鏡で外の世界をうかがうだけですから、半ば無防備に近い状態での面談に臨んでいます。

 そんな状態で臨んでいる面談ですから、轟さんが———おそらく特段の意図もなく———口にした「所謂、売文だ」は、私の頭、意識の中心に直接突き刺さりました。
 私は純文学を志す作家志望でも何でもありませんから、「売文なんて自分の魂を売り飛ばすようなことができるか」と怒ることはありません。しかし、でき得る限り表情や態度に出さないように努力はしたものの、足元から鳥が立つような脱力感と、自分の意識を支えている心張棒を引っこ抜かれたような茫然自失感を覚えたことは事実です。

 前に書いたように、私は自分の想像の翼を広げ愉快々々と書いていただけでした。そこには読者がどこにいるかなんて意識は微塵もありませんし、只々自分が楽しんで気随気ままに書いている状態でした。つまりこの状態とは、心地よい自閉世界でシングルフォーカスが発動している状態だったたのです。
 振り返って考えると、自閉世界で書いていたのですから、読者のことなんて端から考えるはずもない驕慢な意識でいたことに苦笑いと共に気付きました。
 
 自閉世界から外のようすをうかがうために無防備に外に出た定期面談で、轟さんが、おそらく深い意味もなくポッとつぶやいたであろう「所謂、売文だ」は、それまで自閉世界で自由に滑空飛行を続けていた私にとっては正に青天の霹靂(へきれき)か忽焉(こつえん)として湧き起こった一陣のつむじ風のようでした。

 具体的にいえば、本能的志向とシングルフォーカス、言葉を変えれば自閉世界を、「読者の読みたいものを書く、売文だ」の、たった一言で木っ端みじんに破壊されたのです。無防備に外の世界にひょいと顔をだした私の頭に突き刺さって当然です。
 
 自閉世界で自由飛行を続けていた私にとっては、「所謂、売文だ」は、青天の霹靂(へきれき)か忽焉(こつえん)として湧き起こった一陣のつむじ風だったと書きました。
 滑空するグライダーが、突然の雷に打たれつむじ風に煽られたらどこに飛んでいくか分かりません。パイロットは錐もみで墜落しないように、機体の姿勢を立て直すだけで精いっぱいでしょう。
 
 このエッセイをまとめるまで、ずいぶんと時間がかかりました。
信頼する轟さんとの面談という、私が邪心なく無防備に自閉世界からひょいと顔を出し、所謂ふつうの人の世界のようすを索敵する目的の場所で、轟さんから放たれた言葉により、私は、過去のエッセイは全く自閉世界での手慰みであり、読者のことなど考えない驕慢な意識で自分のために愉快々々書いていたことに気が付きました。
 いや、気が付くきっかけとなったと言った方が正直でしょう。
  
 それからの私は、居心地の良い自閉世界から自分を追い出し、ふつうの人の世界に意識を置いて、読者のことを意識するよう自分にと言い聞かせながらepisode-11のエッセイを何度も何度も書き直しました。

 ふつうの人の世界に意識を置くことは、正直なところ恐怖があります。居心地の良い自閉世界と比べると、私にとってふつうの人の世界は、まるで魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する穢土(えど)のように感じられます。
 そんな場所に意識を置いて、我慢ができなくなるとほうほうの体で自閉世界に飛び込み、回復するまでしばらく待ちます。こんな状態を幾度となく繰り返していたのですから、必然的にペンの進みは遅くなってしまいました。
これが、ペンの進みが遅くなった理由です。
 
 穢土とはあまり聞きなれない言葉ですね。もう少しわかりやすい言葉に変えましょうか。そうすると娑婆(しゃば)世界が私にはピタッとはまります。
 娑婆なんていうと、なんだか自閉世界が刑務所みたいに聞こえますねえ。
今はどうにも良い表現が浮かびません。次回までにもう少しうまい表現を考えておくことにしましょう。
 
 自分で言うのもおかしいのですが、ASDは厄介です。「自閉世界と娑婆」———今はまだこの表現をご寛恕ください―――を行ったり来たりすることに、私はまだまだ全く慣れていませんし、娑婆は居心地がよくありません。慣れるまでには相当の年月が必要と感じています。
 
 最後に、私の頭に突き刺さるような言葉を口にした轟さんとの関係を報告してこのエッセイを終わりにします。
 幸いなことに、轟さんと私の間には十分な信頼関係が築かれていたので、私自身は「自閉世界と娑婆」に気付くまで時間を要したものの、今までの作業を否定されたように感じ自己嫌悪や自暴自棄になることも、会社や体制を恨むこともなく、少し弱りはしたものの健全に過ごすことができました。だからこそ、このくだくだしいエッセイを書きあげることができたのだと思います
 ※くだくだしい:くどくどと長ったらしい
 
 ASDの頭の中について書きたいことはまだまだあります。予定の文字数を大幅に超過したので、続きはepisode-12にしたいと思います。
以上

  • Twitter
  • Facebook