轟課長
英社員

英太郎のひとりごと episode12 幸先不安な健康診断 Part-2

<あっこれ知ってるは大事だけど…>

 このエッセイを書くにあたって、健康診断を耐えられないほどの苦痛と感じるASDの人は、私以外にも数多《あまた》いるんじゃないか、その人たちは健康診断をどのようにやり過ごしているのだろうかと考え、私以外のASD者が健康診断でどのようにふるまっているのか知ろうと、手あたり次第にネットの記事等を調べました。

 
 しかし、それらしい記事もブログ等も、私が調べた範囲では出てきません。
私はSNS系のものは一切身の回りに置かず相当距離をとっているので、こちらについては検索の方策がないので調べていません。(SNS系のものから距離をとっている理由は稿をあらためて説明します。)

 手元にある発達障がいや自閉症スペクトラムの本を調べても、成人で健康診断を拒否する例の記載はありません。
 これはいかんと調べる範囲を子どもまで広げると、似たような記事が数えきれないほどありました。

 それらを飛ばし読みして記事の方向を探ると、甲論乙駁に諸説紛々と感じられても、大枠で言うと、自閉症(正確には自閉症スペクトラムです)の子どもの療育には、いつもと違う場所で行動に見通しの立たない場面は、不安が強くなりパニックになる恐れがあるので、事前に体験させる等々の記述がいくつもありました。

 それらの一つに、全面的ではないものの思わず首肯したくなった以下のスレッドがありました。

  

【必見】必見アスペルガーの子には「あ!これ知ってる!」という予習的なネタバレをしてあげることが大事らしい

 日本で有名な先生のアスペルガーの子へのかかわり方講演に行ったときに「アスペルガーの子には“これ知ってる”っていう予習的な機会を作ってあげる事が大切。不安を減らし自信につながるから」ときいて息子にもそれを伝えてそうするようにしてきたんだけど
 「俺これ知ってるで」に何度も救われたと言ってる ―チャビ母(原文ママ)

凹凸チャンネル http://hattatu-matome.ldblog.jp/archives/58606916.html

 

 そのスレッドに、おそらく療育にかかわっている方だろうと思われる方が次のようにコメントにしていらっしゃいました。

 

 これはとても分かります。子供たちを見ていると「1度やったことがある、どうすればいいかの流れを知っている」ことが安心感と見通しに繋がるんですよね。
 逆に1からの状態で臨機応変に動く、とかはすごくすごく苦手みたい。私にもそういう所があるし。

しmaしma(原文ママ)

 
 スレッドのハンドルネーム「チャビ母」さんの投稿も、投稿に対するハンドルネーム「しmaしma 」さんのコメントも、果たして私の考えと同じです。

【 行動(学習や作業も含む)に見通しが立っていれば安心して取り組むことができる。それがいつも同じ場所ならなお良し。いつもと違う新しい場所で、とるべき行動がいつもと異なるとしても、前もってその場所と為すべき行動の情報があれば、見通しが立ち不安は軽減されるか、不安自体発生しないこともありうる。】

 このような説明は、自閉症スペクトラムの子どもたちの療育や対応について書かれた本に必ず出てくる文言です。
 どの本も大同小異あれども同工異曲なので、私の言葉に直しました。
 マンガでは轟さんが「健康診断…手順やルール説明は当日のみで具体的な流れを予測することができない」(リハーサルでもあれば別ですが)と言っています。

 

 表現は異なるものの、ハンドルネーム「チャビ母」さんの投稿も、投稿に対するハンドルネーム「しmaしma 」さんのコメントも、轟さんの言葉も言っていることは同じです。
 ひと言でいえば予習的なネタバレ、あるいは自閉症スペクトラムの子どもたちの療育関連の本にあるように、前もって見通しが立つようにするです。

 「予習的なネタバレ」も「前もって見通しが立つようにする」も全く正しいのです。しかし先に私は全面的ではないものの思わず首肯と書いたように、これには全面的には首肯賛同できません。

 有体に言います。私の年齢になれば健康診断は、それが特殊な病気の有無の判別のための検査などでない限り、何をするかを分かっています。
 受診する病院が変わろうと、検査項目に変更がない限り問診票の内容は変わりませんから、検査の順番が入れ替わるくらいで健康診断の内容に変更はないことくらいわかります。

 健康診断はどんなことをするか分かっている、検査項目の順番が入れ替わるくらい分かっているとは、予習的なネタバレや前もって見通しが立つようにすると同じだということに読者諸賢はお気づきのことと思います。
 健康診断についての予習的なネタバレとは、ハンドルネーム「チャビ母」さんの息子さんの「俺これ知ってるで」と同じです。前もって健康診断について具体的な知識があるから「私はこれを知っています」となるだけです。

 検査項目の順番が違うなんてのは「私はこれを知っています」の範疇にあり、耐えがたい苦痛の理由になど成り得ません。
 「私はこれを知っています」となっているのに、何故、健康診断に体もメンタルも不調を抱えてしまい、健康診断自体が耐えがたい苦痛になるのでしょうか。
 答えは「私はこれを知っています」以外のところにあります。もちろんフォビアでもないと思っています。

 ちょっと脱線するように思われるかもしれません。このエッセイで何度もお世話になっている信州大学医学部子どものこころの発達医学教室の本田秀夫教授本田秀夫先生著の「あなたの隣の発達障がい」36ページから引用します。

 ASDは、ひと言でいうと「融通がきかなくて困る」タイプです。対人関係で臨機応変な対応をすることが苦手で、自分の関心、やり方、ペースの維持を最優先させたいという本能的志向が強いと言う特性があります。
※障害を障がいに変更

 以前にも引用したことのあるASDの解説です。対人関係で臨機応変な対応が苦手と本田先生はおっしゃっています。
 ここに書かれている対人関係とは、ASD者が予想していない、あるいは準備も経験もない方向に対話が進んでしまい、ASD者が立ち往生ならぬコミュニケーション不能状況に陥ってしまうことを言っているとの解釈が自然でしょう。


  ASD当事者の私が一言加えると、臨機応変に対応できないのは人間関係だけではありません。ネットから引用したハンドルネーム「しmaしma 」さんのコメントを今一度見てみましょう。

「1度やったことがある、どうすればいいかの流れを知っている」ことが安心感と見通しに繋がるんですよね。逆に1からの状態で臨機応変に動く、とかはすごくすごく苦手みたい。

 「1度やったことがある、どうすればいいかの流れを知っている」ことが安心感と見通しに繋がるんですよねとあります。
 このコメントからも分かるように、何らかの行動をするとき、前もって見通しが立つようにしておけばよいことが大切であることが分かります。
 そうすると本田先生のおっしゃるASDが苦手な臨機応変な対応には、人間関係のコミュニケーションだけではなく、いろいろな場面における臨機応変な行動も含むことができると考えてよいでしょう。

 先に、私は健康診断がどんなものか分かっている、「私はこれを知っています。」と書きました。本田先生のASDの解説にある臨機応変な対応が苦手には、いろいろな場面における臨機応変な行動も含むと考察しました。
 ここまで考察を進めると、「私はこれを知っています」以外のところに健康診断自体が耐えがたい苦痛になる原因があるように思えてきます。

 答えは本田先生のASDの説明の後半にありました。
「自分の関心、やり方、ペースの維持を最優先させたいという本能的志向が強い」
です。ここに書かれた「自分の関心、やり方、ペースの維持を最優先させたいという本能的特性」を発揮することを、抗うすべなく否定されることが、耐えがたい苦痛になるのです。
 

 以下PART-3に続きます。

※関連記事:マンガ・ハーティ推進室の日常『episode12 幸先不安な健康診断』

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