英太郎のひとりごと episode12 幸先不安な健康診断 Part-3 (下)
<こんなところにもシングルレイヤーが>
思いつくままにいくつかの例を書いているうちに、なんだか真っ暗で巨大な穴の深遠を不安定な体制でのぞき込むような、憂懼《ゆうく》とも慇憂《いんゆう》とも恐怖ともつかない嫌な気分に襲われました。
例をお読みになった読者諸賢は、おそらく「英 太郎よ、子供じゃないのだから我慢しろ、または我慢できないのか?一端《いっぱし》の成人だろう。」と、うんざりするか、例の内容の細かさに呆然とし、或いは辟易しているのじゃあないかと思いました。
我慢が足りないも、うんざりも、呆然も辟易も、その他どのような感想をお持ちいただいても結構です。しかし、例に挙げたのは自閉症スペクトラムASDの誇張なしの実際です。
健康診断が耐えがたい苦痛に満ちた世界になることの片鱗でもご理解いただければ嬉しく思います。
健康診断に限らず、私は何がイヤか書くことができます。後で迷惑をかけたことに気付いたとしてもシングルレイヤーだASDの特性だと言って、自己防衛もできます。
しかし、書いたり言葉で自己防衛したりができない、知的障がいのある自閉症者や子どものASD者の方が圧倒的多数です。
彼、彼女らは何がイヤなのか言葉として表すことができません。私が挙げたような健康診断に関わるイヤな例は、待ち時間をなくすこと以外はどうやったって自閉症者向きに構造化できないでしょう?
彼、彼女らは、イヤなことを強制されることに対し態度や行動でしか意思を表明できません。
PART-1に書いたように、轟さんは私が健康診断に強い苦痛を覚えるのは、病院に対する一種のフォビアがあるのではないかと私に疑問を投げかけました。
それに対して私は心当たりがない旨を回答しています。しかし自分の頭の中のことながら、本当のところは計りかねています。
どの本を開いても、自閉症ASD者はいつもと違う先の見通しが立たない状況は苦手と書いてあります。
「あ!これ知ってる!」という予習的なネタバレがあれば自閉症ASD者は安心できるも事実です。
私が健康診断を耐え難い苦痛と感じる理由は、「あ!これ知ってる!」以外のところにありました。今まで長々と書いてきたように、もしかしたらフォビアも含めて、何が耐えがたい苦痛になるのかは、個々人の状況により全く異なるでしょう。
episode11で採り上げたシングルフォーカス特性や今回のepisode12で説明しているシングルレイヤー思考特性にepisode13で予定しているハイコントラスト知覚特性も、ASD自閉症者の頭の中で常に働いています。
働いているという書き方がおかしいとしたら、常にこれら3つのASD自閉症の中核的特性のフィルターを通して、見たり、聞いたり、感じたりしていると言い換えましょう。
生活する中で何かがきっかけとなり、中核的特性のうち一つがあるいは二つが、あるいは三つすべてが強く発動し始めます。発動開始や停止はASD自閉症者にはコントロールできません。
私は自分がASDであることを強く自覚してから、その特性を学習し、過去の自分の言動を振り返り、過去の一事例でASD中核特性の何が強く発動したのかを分析することはできます。
今こうして原稿を書いているときに、何等かの刺激によってASDの三つの中核特性うちどれが強くなるだろうかは分かりません。原稿を書いているはずなのに、気づいたら何か違うことを始めている。違うことをやっていることに気付いたとき、或いは違うことをやっていたことを誰かから指摘されると、中核的特性のうち何が特に強くなっていたことを分析できます。
くどいことは承知しています。ASD者は常に三つの中核的特性のフィルター越しに世の中を見て過ごしています。刺激によって中核的特性のどれが強く発動するかは分かりません。強くなったものを社会生活からの 学習などにより、その程度を少し抑えることはできるかもしれません。
例えば、自分からの発言を避け相手にしゃべらせて、会話を早めに終わらせるなどです。
最後に、下に記すのは私から轟さんたちに送信した社内メールです。メールを発信した前日と前々日は持病悪化の体調不良で会社を休んだものの、メール発信の当日は回復したので在宅勤務を開始する旨の内容です。
おはようございます。英です。養生の甲斐あってか、はたまた服薬の効果か、薄紙をはぐようにではなく、力任せに段ボール箱の厚いふたを蹴破るように軽快してきました。
恢復と書けないところに忸怩たる思いはあるものの、とりあえず入院加療は回避できるだろうと強い希望をもってます。
とりあえず今日13日は事前の予定通り在宅勤務で仕事を再開します。遅れている原稿も(昨日の養生中に挿絵を作ったので)今日中に轟さんあてに 送信します。
私は、「原稿の挿絵を作れるほど体調が回復してよかった」これのみに意識が集中してしまい上記のメールを送信しました。
轟さんからは、休暇中に仕事をしたなんて書いたらダメだろうと、菩薩の笑顔ではなく破顔一笑で———笑い声が聞こえたので、確かに轟さんの顔を見ています。———窘《たしな》められました。
こんなところにもシングルレイヤー思考特性は現れます。
以上