轟課長
英社員

英太郎のひとりごと episode 3

第三回は自己肯定感のあり方について考えてみます。
「自己肯定感とは、自分のあり方を積極的に評価できる感情、自らの価値や存在意義を肯定できる感情などを意味する言葉。」と実用日本語表現辞典にあります。
自己肯定感の高い低いを判断する公平な物差しはどこにあるんだと聞かれれば、そんなものは無いでしょう。自己肯定感はそれぞれの心の感覚、感じ方ですから、正確に計測するなんてことはできるはずもありません。
自己肯定感が高すぎても低すぎてもいいことはないと思います。しかし、実用日本語表現辞典の説明を読めば、自己肯定感は低いよりも高いほうが、ASDの私でさえ「生きる上で楽だろうな」と思います。
 「ハーティ推進室の日常episode3」は、ハーティ推進室で導入している「くもん式学習」を紹介しています。
導入の目的を、学力の向上ではなく読み書き計算で脳に程よい刺激を与えて記憶の入れ物である脳を活性化させることだと轟さんは説明しています。
 余談ですが、轟さんの提案で私も一時期くもん式の中学生用の数学に取り組んだことがあります。普段の生活や仕事では使わない脳の回路を使うからなのか、問題に取り組んだ後は頭がさえて、常にない心地よさを覚えた記憶があります。
ストレッチで普段使わない筋肉を伸ばすと気持ちよいと感じる感覚に近いのでしょう。
 轟さんは「くもん式学習」導入の目的は別のところにもあるといいつつ言葉を濁しています。別の目的とは自己肯定感の向上ではないかと私は推測しています。
前回にも書いたように、知的障がいのある人達は定型発達の人と比べて成功体験が乏しいと考えられます。
成長期には親や先生方から叱責・叱咤が雨あられと降り注ぎます。

相対して「くもん式学習」は、楽々ではないものの、少しの努力と集中で100点をとれるプリントを解きます。100点を取ればほめられます。98点なら、何を誤ったかを伝えて、次回の目標を明確にして意欲を高めます。どうです?このように「やればできる」を繰り返し体験させるのですから、自己肯定感は必然的に高まりますね。

 加えて、ハーティ推進室の学習の場では、鉛筆の置き方から始まり、プリントの提出の仕方から片づけ方まで、学習に対する細かい規則が定められています。
知的障がいのある社員に対して、自己肯定感の高揚だけではなく、いろいろな規則を守る訓練も学習の中でできています。
これらが「くもん式学習」の導入に踏み切った轟さんの本音ではないかと、私は考えます。

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